はち

6+1人と日々の雑記

【感想】6/19 北齋漫畫 ※ネタバレあり

当日券が取れたので行ってきたのだけど、まーーー疲れた。演じる方はもちろんだろうけど、観る方も相当エネルギーが必要な舞台だと思った。終始、横山さんの圧がすごい。

以下、感想。ネタバレ一切配慮していないので観劇がまだの方はご注意を。そして記憶が曖昧な部分もあると思うので、間違いがあったら教えてください。

 

 

 

オープニングからすごい。静止画が動いている。矛盾しているようだけど、他に表現のしようがない。北齋の絵が動いていた。その後も要所要所で使われていたが、現在のデジタル技術だからできた演出だなあと思った。

そして横山北斎登場。いきなり長台詞。そして圧がすごい。ただただ圧倒される。最初からクライマックスだった。ちょっと狂人じみていて、幻想水滸伝Ⅱのルカ様が過ぎった。そんな北齋に対して、お直の受け答えのミスマッチ感が絶妙だった。肯定も否定もなく、むしろ「この人何言ってるの?」と言わんばかりで無関心のようにさえ思えた。確かに北齋と会話はしているんだけど、そんな自分も含めて一歩後ろから見ている感じ。

お直は魔性の女という役回りだったけど、わたしは無邪気な子供のようだなと思った。興味のままに周りを振り回している感じ。「わたしがこうしたら、みんなどうするかしら?」を純粋に楽しんでいるように見えた。その手段として、自分の容姿が使えるなら使っておくかぐらいの心持ち。

あまり自分の感情を出さないというか、芯の部分を見せずにいたお直が唯一感情を露わにしたのが「嫌い」という言葉だった。親が首吊りしたと言ったにも関わらず、「殺してくれ」と命を粗末にするようなことを言ったからなのかな。嫌悪感を示すわけでもなく、あっさりと言い放った様子からするとお直が譲れない絶対的なボーダーだったのかなあ。まるでいらなくなったおもちゃを捨てる子供のようだなと思ったのだけど、お直の一連の行動は、この人は本当に自分を愛してくれるかを試していたような気もする。佐藤さんのコメントを読んで、色欲からくる愛ではなく、親愛を求めていたのかなと思った。

北齋を呼び出しに来たお直が持っていた花はあやめ?杜若?菖蒲? 密会現場にも生えていたけど、なんであのときだけ持っていて、しかも置いていったのかが気になったのでとりあえず花言葉を調べてみた。

 ・あやめ… 朗報、メッセージ、希望、愛、消息、優雅さ、あなたを大事にします

 ・杜若…幸せは必ずくる、幸せはあなたのもの、贈り物

 ・菖蒲…よい便り、あなたを信じる、優しい心、優雅

うーん、わからない。しばらく姿を見せていなかったことを考えると、消息→あやめなのかなあ。でも密会現場を見せられる北齋からしたら、朗報でも希望でもないよなあ。北齋が地面に投げつけたというのが暗喩だったりしたのだろうか。うん、わからない。

それにしても、伊勢の人生狂いっぷりがえげつない。ここまで頭の中が下半身になるのか。

振り返ってみると、伊勢は血は繋がっていないけれど親子三代それぞれ一途すぎた。伊勢はお直に、北齋は絵に、そしてお栄は北齋に対して真っ直ぐだった。お栄は思ったより常識人だった。wikiを見ると北齋に負けず劣らず破天荒のようだったけど、『北齋漫畫』においてはこのくらいの方がバランスがよかったのかもしれない。北齋は破天荒を通り越して、思ったよりクズだった。

そしてお直はその後北齋たちに関わることなく亡くなっていて、新たにお直にそっくりな女性が現れるわけだけど(便宜上、彼女をお直2としておく)、彼女はお直と違って自分のためにわかりやすく他人を使っていた。魔性というより、ただの悪女に近いかもしれない。北齋たちと暮らしてはいたけれど家族ではなく、あくまでも他人であるとの線引きが明確で、北齋と佐七のやり取りの最中の他人事感が印象的だった。しかし彼女は最初からそうだったわけではない。北齋のもとで働けることを純粋に喜んでいた、素朴な女性だった。それがあそこまで自分本位で欲どしくなってしまったのは、北齋が自分を通してお直しか見ていなくて、それがお金や贅沢に繋がってしまったからのような気がする。彼女のアイデンティティはなんだったんだろうかと考えると、実はちょっとかわいそうな女性なのかもしれない。

となると、北齋は本当にお直を愛していたのかという疑問が出てくる。愛というよりは執着の方がしっくりくるような気さえする。自分の思い通りにならず、手に入れられなかった女性という執着。もしかしたらカメラでいう被写体としてのそれもあったかもしれない。

腕のマッサージに関する一連のシーン、北齋はお直2の方に寄っていったから彼女に頼むのかと思ったが、お栄にアピールしていた。意外だな、とそのときは思ったけど、よくよく考えてみるとやきもちのようなものだったのかもしれない。あるいは、お直に結婚を要求してはいたけれど、甘える相手はお栄(と佐七)だけだったのだろう。ずっとお直お直言っていたのに、お栄がいなくなったらお栄を求めているあたり、絶対的なパートナーだったんだろうなと思う。最期のときにお栄は戻って来たけれど、北齋はきっと認識できていなくて、独りのまま亡くなったのかと思うとすごく切ない。

北齋は自分勝手に自由に生きていたけど、北齋が北齋で在れたのはお栄と佐七がいたからだなとつくづく思う。佐七は偽善だと卑下していたが、それだって相手のことを思っていなければできない行動だ。お栄も、お百が亡くなった時点で佐七にアプローチできたのにそうせず、ずっと北齋の傍にいた。もしお栄と佐七が恋人ひいては夫婦になっていたら、北齋は北齋になれなかっただろう。

それにしても佐七、最初の出資は終ぞ本人に伝えなかったのに、最後の口利きは自分で伝えたのはどういう心境の変化だったのだろうか。もう老い先短いから、だけじゃないような気がする。

ところで劇中で北齋が絵を描いている描写が少なかったのは、蛸と海女を描くシーンを際立たせるためだろうか。あのシーンどエロかったな…。佐藤さんの足めちゃくちゃきれいだし、障子の向こうで蛸と戯れている演出にすごくどきどきした。

30代から90歳、絵に対する情熱や破天荒さはそのままに、北齋の一生を演じ切る横山さんの表現力がすごい。もちろん、堺さんも木村さんも晩年の演技はすごかった。ややコミカルというか動作に誇張はあるけど、それが嘘くさくならないのは役者の技量だと思う。カテコの横山さん、ずっとおじいちゃんだったらどうしようって思っていたら、2回目で若返っててあまりのかっこよさにびっくりした。圧倒的な、美。オーラがすごい。

パンフレットも素晴らしかった。セットの作りこみがすごい。終わりのページになるにつれて部屋がきれいになっていて、研ぎ澄まされているように感じられる。「そうだ、こうして醒めた目でみりゃ、自然はちゃんと息づいている、光と影が寄り添ってる」の通りだなと思った。最後のページでついに北齋はいなくなるが、差し込む光の向こうに画家として目指すところがあって、それを見つめたまま亡くなった北齋の一生を表したようなパンフレットだった。

 

キャストさんのコメントや対談もどれもおもしろかったのだけど、渡辺いっけいさんのコメントが特にうれしかった。役者・横山裕の脱皮を後押ししてくれている感じがして、一ファンとしてたまらなくうれしい。

 

横山さんが予習予習言っているのでどきどきしたけど、wikiの知識で十分楽しめた。横山さん、キャストさん、スタッフさん、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。残りの公演も怪我などなく、笑って終えられますように!